プログレッシブ・ロックの知られざる名盤「エマーソン、レイク&パウエル」「GTR」

以前の投稿「ハイレゾで聴くプログレッシブ・ロック」(こちらです)でプログレッシブロック(プログレ)の代表的なバンド(King Crimson, Pink Floyd, Yes, EL&P, Genesis)の作品を紹介しました。

今回は、そのバンドメンバーが中心に構成された、単発アルバムで終わった知られざる名盤を2枚ご紹介します。

1.「エマーソン、レイク&パウエル」


「エマーソン、レイク&パウエル」

ご存知エマーソン、レイク&パーマー(EL&P)のキース・エマーソン(Kb)とグレッグ・レイク(Bs)に、カール・パーマー(Ds)の代わりに元レインボー/MSGの大物ドラマーであるコージーパウエルが参加して、頭文字も同じくEL&Pとなったバンドが1986年にリリースしたアルバムです。


EL&Pが解散した1980年以降は、メンバはそれぞれ独自の活動でバラバラとなりました。キース・エマーソンはアルジェント仏監督の恐怖映画「インフェルノ」の映画音楽やソロ・アルバムをリリースし、グレッグ・レイクは、カール・パーマーも所属していたスーパープログレバンドの「エイジア」に一時的に参加したりしていました。

その後エイジアを脱退したグレッグ・レイクは、キース・エマーソンと合流、エイジアに残ったカール・パーマーの代わりのドラマーとしてコージー・パウエルが加わって完成したのが「エマーソン、レイク&パウエル」です。

当時はEL&Pの復活と話題になりましたが、カール・パーマーは、「EL&Pは
エマーソン、レイク&パーマーであって、今回復活したEL&Pは、EL&Pと名乗ってはいけない、あくまでエマーソン、レイク&パウエルである」との声明を発表、バンドもそれを尊重したとのことです。

カール・パーマー

このアルバム「エマーソン、レイク&パウエル」の1曲目 The Scoreは、オープニングで新時代の幕開けを象徴するインストゥルメンタル曲で、聴く側からすると最高に期待が高まります。TVのバラエティ番組などでも頻繁に使用されていたので、メロディは何となく聞いたことがある人も多いと思います。

The Score はEL&PのWorksに収められていた Fanfare for the Common Man (オリジナルはコープランドの市民のためのファンファーレ)と作風は共通した点が多く、ひょっとして何か原曲があるのではと思ってしまいますが、どうやら完全なオリジナルのようです。

2曲目 Learning to Fly でお馴染みのグレッグの上品かつ力強いボーカルを堪能することができます。この曲もカッコイイ!!

そして3曲目 The Miracle に続くのですが、この曲(とそこまでの前振れ)が個人的にはこのアルバムのハイライトだと思います。The Miracle は重厚かつ緊張度の高い、プログレファンにはたまらない大傑作だと思います。

ELP/Emerson Lake & Powell ~ The Miracle

コージー・パウエルのドラムスは、カール・パーマーの全盛期のような超絶テクニックとは異なり、重々しい雰囲気を醸し出しており、特にこの曲にはフィットしています。

コージー・パウエル

当時流行っていたスーパーグループのエイジアの商業路線化や、ジャーニーやスティクス、フォリナーといったアメリカンプログレハードが大人気だった時代に、往年の正統派プログレファンとしては、「こんなのはプログレと呼ばない!」と反駁していました。

誤解のないように付け足しますと、私はアメリカンプログレハードと呼ばれていたバンドも好きでしたし、エイジアの商業路線化についても結して嫌いではありませんでした(現に、ボストンは今でも私の最も好きなAll Timeベストのバンドのひとつでもあります)。

エイジアに対して、「エマーソン、レイク&パウエル」の傾向は、明らかに往年のプログレファンを喜ばせる要素を遥かに含んでいたと思います。その象徴が、最後に収録されている「ホルストの惑星」の火星のアレンジです。これは明らかに、展覧会の絵や、ラヴェルのボレロに通じる、クラシックとロックの融合への挑戦を続けてきたブリティッシュ・プログレッシブ・ロックに対するオマージュです。

4曲目の Touch and Go は、「エマーソン、レイク&パウエル」からシングルリリースされたヒット狙いの曲ですが、これはプログレでも何でもありません。エイジアの "Heat of the Moment" と同じレベルです。

5,6曲目はムードのある曲で、EL&Pの「作品第2番」の最後の曲 Show Me the Way to Go Home を彷彿とさせます。プログレとしての嗜好には程遠いですが、個人的には嫌いではありません。Step Aside でグレッグが "Handle me with care I am a dynamite" と歌ったこのトリオは、もう全員この世にいないというのは信じられませんが。。。

「エマーソン、レイク&パウエル」はセールス的には失敗に終わり、結局この1枚のアルバムだけでバンドは解散してしまいました。商業的な成功を収めたエイジアのカール・パーマーからすればざまあみろという感じだったかもしれません。しかし、この冒頭3曲の出来があまりに素晴らしく、このアルバム自体の価値を揺るぎないものにしています。未来に語り継がれるアルバムという意味では、エイジアよりも断然こちらに軍配が上がるでしょう。アルバム全体の出来としても、EL&Pの代表作に肩を並べるに十分な傑作だと思います。

2.「GTR」


「GTR」

GTRとはGuitarの略のことです。ジャケットもギターをモチーフにしており、当然アルバムもギターをフィーチャーした曲が中心です。そのギタリストが、元Yesのスティーブ・ハウと、元Genesisのスティーブ・ハケットの"ダブル・スティーブ”です。

二人とも、プログレ界、いやロック界では指折りのスーパーギタリストで、そのテクニックもさることながら、抒情性豊かな音楽表現力で、多くの名曲を残してきました。

このアルバムも上記の「エマーソン、レイク&パウエル」と同じ、1986年にリリースされています。大変残念なことに日本以外では既に廃盤となっているということで、こんな名盤がなぜ廃盤に?という意味ではこれこそ真の「隠れざる名盤」だと思います。

スティーブ・ハウは、Yesに長年在籍し、「こわれもの」「危機」など多くの代表作にギタリストとして参加してきました。1980年初めのイエス解散後は、エイジアのメンバとして活躍していましたが、やがて脱退し、このGTRに参加することになりました。

スティーブ・ハウ

スティーブ・ハケットは、Genesisの創成期から成熟期に至る時期に、当時のリーダーであったピーター・ガブリエルとともに一世を風靡したギタリストでした。ピーター・ガブリエルが脱退し、それを追うようにスティーブ・ハケットも脱退し、その後のジェネシスはフィル・コリンズが主導するポップ路線でのプログレバンドとして商業的に大成功を収めることになります。

スティーブ・ハケット

アルバム「GTR」の最大の魅力は、この一世を風靡した二人のスーパーギタリストの豪華絢爛なテクニックと抒情の世界を堪能できることです。

プログレがヴォーカルとキーボードを全面に押し出して進化したのに対して、このGTRでは、「プログレのメインは今も昔もギターだ!」という自己主張が強烈に表現されています。そういう意味で、ギター好きのプログレファンにはたまらない内容となっています。

余談ですが、GTRのボーカルのマックス・ベーコンの声質は、ToToの5枚目のアルバム Isolationでボーカルだったファーギー・フレデリクセンに良く似ています。どちらのボーカリストも残念ながら大成しませんでしたが、私の好みでした。

1曲目の When the Heart Rules the Mind はシングルカットされてヒットしたキャッチ―な曲です。アルバムのオープニングらしい派手な曲ですが、個人的にはあまりにも商業的で気に入ってはいません。

2曲目以降は、捨て曲なしの展開が続きます。

2曲目の The Hunter は静けさのなかにも力強さを秘めた、まさに only the hunter surivives という曲です。

3曲目の Here I Wait はオリエンタルなメロディラインから力強いボーカルが展開、中間の間奏パートでのハウとハケットのギターの渡り合いが緊張感を生み出します。

4曲目の Skecthes in the Sun はギターのインストゥルメンタル、心地よい箸休めです。Yesの「こわれもの」の Mood for a Day に代表されるように、たびたびこのような曲はハウが得意としていました。

5~7曲目は、アメリカン・プログレ・ハード的な曲が続きます。ゴキゲンな曲の連続で楽しめます!!

そして、8曲目の Toe the Line は一転、静かなアコースティックから入るバラードです。この曲の完成度はバラ―ドとして傑出しています。私はこのアルバムがリリースされた当時、Toe the Line の意味がわからず、CDに添付していた対訳でも「つま先で、線を引いてごらん」という(おそらく)誤訳しか載っていませんでした。英語辞典でも確か、イギリスのスポーツ用語?か何だかしか該当がなく、こんなに美しい曲の意味がわからないとは残念だ、と感じていました。

その後、ネットが発展して、今では Toe the Line というのは、スタート地点に立つときに選手が地面に線を引くことの例えで、意訳すれば「何かに向けて始める勇気を持とう」という意味ではないかと思います。長年の疑問が解けました。

スティーブ・ハウ的な宇宙への拡がりを感じることのできる Toe the Line は、私のお気に入りバラードのベストの1つです。

そして。。。9曲目の Hackett to Bits がこのアルバムのハイライトとなります。いきなり雪崩のように始まるギターの洪水、立て続けにかき鳴らされるギターが生み出す緊張感、ふっと音が消えたと思ったら、今度はアコースティックギターのメロディが浮き上がるという凝った仕掛け(ここから連続して10曲目の Imagining)、再度ヘヴィーなギターが盛り返してくるという緊張感が途絶えない構成は、まさにプログレッシブ・ロックの醍醐味です。

GTR - Hackett To Bits

ちなみにこの Hackett to Bits はオリジナルが、Steve Hackett のソロアルバム「Please Don't Touch!」に収録されています、というかSteve Hackett のソロアルバムには必ずPlease Don't Touch!が入っているようです(笑)。

STEVE HACKETT - Please Don't Touch (1978)

曲の完成度は断然GTRの方が良いと思います。是非聞き比べてみてください。

全曲を頭から通して聴いてみると、このアルバムが緻密な計画で構成されているのが良くわかります。プログレッシブ・ロックにはシングルカットという概念がないのと同様、このアルバムもアルバム全体のコンセプトというものを大切にして製作されていることがわかります。

GTRも残念ながらバンドとしての活動は継続せず、このデビュー作1枚を残して解散してしまいました。

以前の投稿「ハイレゾで聴くプログレッシブ・ロック」(こちらです)でプログレッシブロック(プログレ)の代表的なバンド(King Crimson, Pink Floyd, Yes, EL&P, Genesis)の作品を紹介しましが、「エマーソン、レイク&パウエル」「GTR」とも、メジャーなプログレアルバムとしては認められず、忘れ去られてしまいました。

こうして80年代のプログレッシブロックから派生した隠れた名盤を改めて聴いてみると、現代の音楽シーンで主役となっている大量消費型の音楽の洪水が如何に凡庸なものであるかということを痛感してしまいます。

音楽なんて聴いて楽しければ良いのでしょうが、プログレッシブ・ロックのように数十年にも渡って語り継がれ、聞き継がれる文化としての大衆音楽というのはこれからは出現しないのではと思います。まあこんなことを愚痴っても仕方ないのですが。。。


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(おわり)




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