2015年7月11日土曜日

デヴィッド・リンチの世界(その3)~「イレイザー・ヘッド」「エレファント・マン」「ツイン・ピークス/ローラ・パーマー最期の7日間」

前回、前々回に続き、デヴィッド・リンチの世界(その3)、これで最終回です。

「イレイザー・ヘッド」
「エレファント・マン」
「ツイン・ピークス/ローラ・パーマー最期の7日間」

の3作品をレビューします。

その2(「ブルー・ベルベット」「ワイルド・アット・ハート」「ロスト・ハイウェイ」)はこちらです。

その1(「デューン/砂の惑星」「マルホランド・ドライブ」「ツイン・ピークス」「インランド・エンパイア」)はこちらです。


* 以下ストーリーのネタバレがありますので、映画を観ていない方はご注意ください。


1.「イレイザー・ヘッド」


「イレイザー・ヘッド」

デヴィッド・リンチ監督の長編映画デビュー作。1977年制作、全編モノクロのカルト映画です。

ストーリーは奇妙奇天烈、どうひいき目に見ても美しい映像とは縁のないおぞましい情景の連続。主演のジャック・ナンスの髪型(イレイザーヘッド)もさることながら、極め付けは奇形児(というより爬虫類のような)の赤ん坊。。。

奇形児の赤ん坊

しかし、この作品は傑作だと思います。

映画を鑑賞するときの従来のエンターテインメントに大きな問題提起をしているように思えます。ソファに寝転がり、ワインとツマミを片手にのんびり。。。という鑑賞スタイルでは、この映画は退屈極まりないかもしれません。作品側から鑑賞者に視覚・聴覚的な刺激を与えるということが一切ないからです。

逆に、ひとつひとつのシーンについてその意味や背景をあれこれと想像して楽しむ能動的な鑑賞スタイルであれば、これほど面白い映画は滅多にないと思います。

作品がモノクロである理由は、主人公の悲惨な生活をテーマにしたこの作品には色彩の映像が余計だったからでしょう。

冒頭から現実離れしているシーンの連続なので、まともに筋を理解しようとすると面喰ってしまうのですが、これはリンチの世界、まさにここで描かれているものは現実のものではなく、空想の産物(あるいはヘンリーの夢のなか)であると捉えると理不尽なシーンはすべて理解できます

奇怪なものはすべてヘンリー(あるいはリンチ自身)の忌み嫌うものの象徴。どうやらリンチの過去(学生時代に子供を作って苦労した)が反映されているようです。

主人公のヘンリーが泣き叫ぶ奇形児をどうしても放っておけず、出勤を諦めて家で看病するシーンだけは、例外的に微笑ましいですね。

フィラデルフィアの工場地帯をモデルにしているせいもあり、ヘンリーの生活には余裕や充実といったものとはまったく無縁で、部屋のなかも寝ているベッドも狭ければ、通勤路も泥だらけで靴もドロドロになります。


主人公ヘンリーの住む工業地帯

天使が現れてヘンリーにささやきます。

「天国ではすべてがうまくいく」

一般社会から隔絶された知られざる世間で、このような境遇下で絶望している人々がこの作品のテーマです。

ヘンリーの夢のなかで、頭が床に転げ落ち、それを少年が工場に持ち込んで、生首のサンプルから鉛筆の消しゴムを作るシーンがありますが、これは文字通り「身を粉にして働いている」ヘンリーの日常生活を象徴しているのではと思います。

ヘンリーの夢の世界

妻に家出され、赤ん坊の育児に疲れ果て、挙句の果てには、性的な妄想を抱いていた隣人の女性が醜い中年男とデキていると知ったとき、ヘンリーの絶望は、激しい憎悪の感情に豹変します(このシーンでのヘンリーの表情は、これまでと全く異なる怒りに溢れています)。

そして、それをあざ笑うかのような赤ん坊の態度に、ヘンリーは遂にハサミで赤ん坊を惨殺してしまい、自分は天使に迎え入れられる(発狂したと解釈できます)シーンで終了しますが、宗教上の対立や、個人的な復讐、暴力と暴力の衝突といった題材の過激さだけがウリの映画が蔓延するなか、この映画のように圧迫された環境から放たれる静かな発狂には次元の違う強い説得力があります。

最後に一瞬画面に現れる狂人は、実は変わり果てた現実のヘンリーの姿ではないでしょうか?

変わり果てたヘンリーの姿?

これに似たテーマの映画としては、米国コロンバイン高校銃乱射事件をテーマにした「エレファント」(2003年公開)があります。主人公(主犯)の二人の高校生は、スポーツが得意なわけでもなく、内向的な性格が災いして学内でイジメの対象になり、やがて無差別大量殺人という形で世間に復讐を果たします。

映画「エレファント」より

「エレファント」が公開された2003年には混沌とした社会問題は既に目新しいテーマではなかったのですが、「イレイザー・ヘッド」が公開された1977年当時、このような前衛的テーマの映画が普遍的だったとはとても思えません。が、自主制作という困難を伴ってでもこれを完成させたデヴィッド・リンチという監督は、やはりタダモノではないと思います。

「イレイザー・ヘッド」は、公開当時は妊婦は鑑賞しないよう警告されたそうです。映画史に残る傑作なのは間違いありませんが、万人には決してオススメできる映画ではありません。


2.「エレファント・マン」

「エレファント・マン」

「エレファント・マン」(1980年)はデヴィッド・リンチ監督の第2作目。19世紀のロンドンで実在したジョン・メリックという先天的に重度の障害を持つ青年の実話の悲劇をベースにしています。アカデミー賞8部門にノミネートされた作品です。

私がこの映画を初めて観たのは確か中学生のときだったと思います。多感な時代だったのでもちろんえらく感動した記憶があります(当時は何を観ても感動しましたが)。今回のレビューを書くのに30年ぶりに観直しました。

容姿が醜いという理由だけで人々から虐待されてきた心の美しい青年の人生の悲劇を美しく描いています。リンチ作品としてはかなりストレートでわかりやすい内容、主人公のジョンへの感情移入も容易です。

「エレファント・マン」より


ではリンチはこの作品で何を伝えたかったのでしょうか?

リンチ作品では共通したメッセージがこの映画でも語られます。

「この世は不思議な出来事であふれている」

ジョンがこれまで受けてきたひどい仕打ちについて、医師たちが「彼がこれまで歩んできた人生は我々が決して想像もできないものだ」と言うシーンがあります。

最も過酷で絶望的な人生を耐え忍んできたジョンが、神への深い信仰を捨てず、亡き母への感謝を心に、最後には「自分の人生は満たされています、なぜなら私は愛されているからです」と答える姿からは、ジョンはすべての登場人物(外科医や舞台女優も含めて)よりもむしろ幸福な人生を送ったのだと悟ることができます。

ジョンがおそらく息を引き取って天に召された直後、満点の星空が画面に映し出されますが、これこそ、リンチが「この世(宇宙)は不思議な出来事であふれている」というメッセージを象徴しているシーンではないでしょうか。

ジョンを助ける外科医と院長

エリックが大聖堂の模型を完成させた夜、普通の人間らしくベッドに頭を寝かせる(それは死を意味するのですが)ときに、背景に流れるメロディが、バーバーの「弦楽のためのアダージョ」だということに初めて気付きました。この曲は、ベトナム戦争を描いたオリバー・ストーン監督の名作「プラトーン」で印象的に使われていました。映画で効果的に使われたのは、実は「エレファント・マン」が先だったんですね。

バーバーの「弦楽のためのアダージョ」


ジョンの部屋の壁にかかる「眠る人」


その後のリンチ作品に見られるような前衛的・実験的な要素は乏しいものの、ヒューマンドラマとしては傑作だと思います。

3.「ツイン・ピークス/ローラ・パーマー最期の7日間」

「ツイン・ピークス/ローラ・パーマー最期の7日間」

TVドラマ「ツイン・ピークス」の第一話で殺害されるローラ・パーマーの前日談を劇場用映画用に編集したものです。「ツイン・ピークス」が社会現象になるまで大ヒットしたあとに封切られました。

副題の"Fire Walk With Me"(「炎よ、我とともに歩め」)とは、ローラ・パーマー殺害の現場にあった紙切れに書かれていたメッセージですが、悪魔(ボブ)に取り憑かれてしまったローラ・パーマーが親友ドナにこの言葉を叫ぶシーンがあり、この先破滅の運命を突き進んでしまう予兆を表しています。


ボブ

物語は1年前、テレサ・バンクスの死体が発見されたところから始まります。やがてFBIの捜査官のひとりが行方不明に。。。前半はデヴィッド・ボウイがチョイ役で出ていたり、デヴィッド・リンチ自身がFBIエージェント役で出演したりしていて、TVシリーズと同じようなウィットの効いた軽快なテンポで進みます。

中盤のローラがボブ(もしくはボブに取り憑かれた父親)の影に怯えるようになってからは、謎の鼻のとんがった白い仮面を被った少年、繰り返し現れる緑の指輪、そしてブラックロッジ住人、丸太おばさんなど不可解なものが次々と登場してきます。

そしてローラが実の父親に殺害されるクライマックスが訪れると、映画は観ている側も辛いほど救いがたいほど絶望的にエンディングを迎えます。

リンチ監督の作品としては珍しくストーリーは時系列で進むので、内容に付いていくのは難しくありません。TVシリーズを観ていなくても大筋は掴めますが、やはりTVシリーズを観たあとにこの映画を観るのがオススメです。

ローラ・パーマーを演じたシェリル・リーは、表は「学園の女王」で裏の世界では麻薬とセックスに溺れてしまった高校生という役柄を見事に演じ切っています。


ローラ・パーマーを演じたシェリル・リー

この映画のテーマは、「現代のアメリカ社会が抱えている一見平和に見える日常に潜む狂気」であるのは間違いないと思います。映画の冒頭で、クーパー捜査官が「次の被害者は、高校生で、性的に乱れており、麻薬に溺れている」というセリフに、「それじゃアメリカの高校生の半分が対象じゃないか!」と冗談半分に返すシーンがありますが、これは冗談でも何でもなく、現に米国の高校生の半数が卒業までに大麻などの薬物使用を経験しているというデータが2009年の調査で報告されています。また性体験に関しては異論の余地はないです。

日本はどうでしょうか。中高生の薬物乱用の障害経験率は、2007年の調査によると1~2%程度と米国と比較するとまだ低いですが、ここ数年の危険ドラッグに関わる事件や事故の急増を見ると、安心していられない状況です。

それにしてもボブとは一体何者なのでしょうか?映画では「ボブ=ローラの父親」の図式が成り立っていますが、それほど単純ではなさそうです。TVシリーズでもそうでしたが、ローラの父親もボブに乗り移られてしまった犠牲者と見ることもできます。ボブは森のなかにあるブラックロッジから現世にやってきた悪魔という解釈もできます。

ブラックロッジの異次元世界

封切り当初は、熱心な「ツイン・ピークス」ファンからは不評だったようですが、アマゾンのレビューを見る限りは、この映画は驚くほど高く評価されています。私も個人的には良く出来た映画だと思います。



これでリンチ監督の作品10本(長編映画9本とTVシリーズ1本)のレビューが完結しました。。。我ながらマニアックな試みだったと思いますが、リンチ作品の共通点を見つけることができたりしてなかなか面白かったです。

以下レビューした作品とブログの順番です。

イレイザーヘッド(1976年) -その3
エレファント・マン (1980年) -その3
デューン/砂の惑星 (1984年) -その1
ブルーベルベット (1986年) -その2
ワイルド・アット・ハート (1990年) -その2
ツイン・ピークス(TVシリーズ、1990-1991年) -その1
ツイン・ピークス-ローラ・パーマー最期の7日間 (1992年) -その3
ロスト・ハイウェイ(1997年) -その2
マルホランド・ドライブ (2001年) -その1
インランド・エンパイア(2006年) -その1

個人的には、「マルホランド・ドライブ」、「インランド・エンパイア」、そして「ロスト・ハイウェイ」の3本が好みです。この3本は何度観てもその都度新しい解釈(と謎)があり新鮮ですね。たぶん一生楽しめるのではないでしょうか。。。

あとは「ツイン・ピークス」ですが、最近ブルーレイ全巻を入手してしまいました。これからじっくり観て、またいずれレビューできればと思います。

最近ニュースで、「ツイン・ピークス」新シーズンの放送が25年振り(!)に米国で2016年(2017年という報道もあります)から始まるという嬉しいニュースが流れています。デヴィッド・リンチがスポンサーからの資金不足を理由に一度は監督を降りたものの、その後和解したなど紆余曲折あるようですが、無事に完成してほしいものです。。。

(おわり)



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